hey MAGAZAINEやぁ

「Just for fun」を探して、辿り着いたのはフランスの小さな田舎町。
なんでも、違法にタダで郵便配達を手伝い、自宅で焼いたピザを売って暮らしているクレイジーなおじさんがいるというのだ!おじさんを探して道で待ち伏せすること3日間。配達中をみはからってつかまえて、話をきいてみた。

おじさんの名前はピエロという。「じゃぁここでいいな?」とベンチに腰掛けて、水を一気に飲んだ。ここはピエロが生まれ育った南フランスの海をのぞむ小さな別荘地。このあたりで名物として愛されているセミが鳴いている。

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「俺は日本語も読めないし、インターネットって見たことないからな」
と断って、ピエロは大きなIKEAの青いビニールバッグをドサっと置く。「5分だけだぞ」とぶっきらぼうに言い放つが、しかし、人懐こい目が少し嬉しそうに光っている。まずは生い立ちから話を聞いてみることにする。

ストリートで過ごした、貧乏で幸せな青春時代

彼は海の近くのさびれた町、トゥーロンで生まれた。貧乏な家庭に生まれた彼の遊び場はいつも近所の路上。ルー・キャノンという、悪ガキの遊び場として名高い通りで青春時代を過ごした。彼はこう振り返る。
「僕らは貧乏で不幸だったけれど、自由だった。今思えば、僕らは幸せだったんだよな」。

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給食がタダだという理由でクリスチャンスクールにも通ったけれど、彼の信仰心はゼロ。「みんな自分が信じたいものを信じればいいさ。でも、信じすぎるのは怖いと僕は思うけどね」。

住所のない丘で、40年間郵便物を運んだ

大人になって兵役を終えると郵便配達員の仕事を始めた。はじめはパリ郊外が彼の持ち場だったが、人との関わりが薄い都会の仕事に馴染めなかった。「なんども生まれた南フランスを担当させてくれと上司にかけあったよ。念願叶って南フランスの小さな町を担当できるようになってからは、40年間ずっとこのあたりを担当していたんだ」。

いいながら、目を細めて丘の下の海岸に目をやった。ここには住所がない。小高い丘の名前があるだけだ。郵便ポストにすら名前は書かれていない。

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彼が仕事を始めた時、彼の仕事は住人の名前を覚えることから始まった。何度も何度もベルをならし、名前を聞いてまわった。「それでも僕はこのエリアで配達の仕事ができるのが嬉しかった。人と関わっていられるからね」。

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タダでこっそり始めた、ニセモノの郵便配達員

40年勤め上げた郵便配達員を退職すると、この小さな丘のエリアの郵便配達を、タダでこっそり手伝い始めた。理由を尋ねると、「僕がだれよりもこのあたりを知っているから。それだけだ」と照れ臭そうに短く言う。

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配達方法はこうだ。路地が入り組み始める丘の手前で、一日分の郵便物を"本物の"配達員から預かる。それをIKEAの青いビニールバッグへ全てつっこみ、2時間半かけて小さな丘を巡りながら配達を行う。住人たちの生活パターンを把握している彼は、独自のルートで住人が家にいる時間を見計らって家の前までいくと大声で叫ぶ。「おい、荷物だぞ!」

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お金が足りなければ、ピザを焼けばいい

配達はタダで手伝っているし、退職金も多くなかったから、お金がちょっとたりない。だからピザもやることにした。といっても、店があるわけではなく自宅の窯でピザを焼いて近所に住んでいる人に売るのが彼のスタイル。

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注文方法は簡単で、ピエロの携帯に電話を1本。「なんだ?」というぶっきらぼうな声が返ってくるから、そこで口頭で説明されるピザの種類から食べたいものを選んで注文は終了。だいたい毎日2つのピザの注文があり、8から10ユーロ(1200円ほど)を売り上げている。実際にピザを注文してみると、「明日はだめだ、月曜はどうだ?」という提案。「11時半から待ってろ!」と言われたピザが届いたのは13時半だった。

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手紙を運ぶだけじゃなく、人と人の間にいることが楽しみなんだ

配達を助けても、全ての人が彼に感謝をしてくれるわけではない。「だいたいの人が優しければそれで十分」というのが彼の考えだ。聞けば、人と人との関わりのなかに自分自身を見出すのだという。ひとつ、エピソードを教えてくれた。

「昔このあたりに二人のたいそう仲の悪い女性が住んでいたんだ。隣どうしに住んでいた二人は『庭の木を切れ』とか、『もっと静かにしろ』とか、そういう話をわざわざ内容証明郵便で送り合うバトルを繰り広げていてさ。俺はその手紙を持って行くはめになるわけ。だから、郵便物を届けるたびに二人の話を聞いてやったんだ。そうすると、不思議と二人が落ち着いていったものさ。手紙を運んでるだけじゃないんだよ。そうやって人と人の間にいることが楽しみなんだ」。

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神さまとも、都会のまちとも仲良くなれなかった。一番得意な仕事で金持ちにはなれなかった。誰かを助けても全員に感謝されることはなかった。それでもピエロは自分の仕事を、最高の仕事だと言い切る。なぜならこの場所が世界一美しくて、配達をしながら人と話すことができるから。ちなみにフランスでは、配達員を助けるのも、自宅で勝手に焼いたピザを販売するのも法律で禁止されている。

  • ピエロ

南フランスに住む元郵便配達員。毎日郵便配達をタダで手伝い、ピザを焼いて暮らしている。携帯の着信音はド派手なブルースハープ。
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